いぶし晴明塚宝篋印塔

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見晴らしの良い小広場の方形に壇を石垣で築き、その上に建てられている。

平安時代中期の陰陽家・ 安倍晴明 ( あべのせいめい)の塚と伝えられている。
西方の乙大木谷の丘には、晴明と法力を争ったという
同じ陰陽家の 芦屋道満塚 ( あしやどうまんづか)(寛政9年(1797)再建の 宝篋印塔 ( ほうきょういんとう))があり、対をなしている。

晴明の塚は、 花崗岩 ( かこうがん)製で本体の高さ120.4cm、上部 反花座 ( かえりばなざ)つき基壇を
含めて総高 133.4cm、ほぼ完全な形であり姿形も良い。

笠は6段式で塔身には 金剛界四仏 ( こんごうかいしぶつ) 種子 ( しゅじ)を掘るが、 月輪 ( がちりん)はない。

基礎は四面とも 格狭間 ( こうざま)を刻み、南面した左束に「イブし」の刻印があり同地の古い地名である 猪伏 ( いぶし)をあらわしている。
様式や手法から室町時代前期に造られたと思われる。