道満塚宝篋印塔

ashiya

南北にわずか数百メートルを隔てて並び立つ道満塚と晴明塚。
古人の崇敬の思いが伝わってくる。

芦屋道満 ( あしや どうまん)は平安時代陰陽道の大家として安倍晴明と並び称され勢力を
二分し、拮抗していたといわれるが、時の権力者・ 藤原道長 ( ふじわら の みちなが)を呪詛した咎によって、
この地に流されたと伝えられる。

安倍晴明 ( あべのせいめい)との勢力争いで敗れたことを物語るものであろうか。

道満、晴明とも当時のかかわりについて歴史的確証はないが、
陰陽道の伝承をもつこの塔は当時の信仰形態をうかがわせるものである。
なお、この 道満塚宝篋印塔 ( どうまんづかほうきょういんとう)は寛政九年の造立銘をもち、時代の特徴をよく現し、
郡内では大型に属する。