陰陽師とは?

vs2

陰陽道とは

古代中国に始まった、すべての事象が月、太陽と 木、火、土、金、水の5大要素の組み合わせによって成り立つとする陰陽5行思想が6世紀前半に我が国に伝来した。

これをもとに、我が国で独自の発展を遂げた自然科学と呪術の体系が陰陽道である。

 

佐用の陰陽師

道満の流刑の地が佐用だと考えられている。
文献からもこれが最も確からしいが、時代が新しくなるにつれ、道満と晴明の対立は様々な物語に作り上げられ、歌舞伎や 浄瑠璃 じょうるりで演じられた。

また地元の佐用では、道満を追ってきた晴明と壮絶な闘いとなり、
両者ともそこに倒れて死んだため、道満塚、晴明塚を建立し供養したと言い伝えられている。
このように2つの塚がそろっている場所は岡山県浅口市や福島県にも見られるという。

 

播磨の陰陽師

平安時代、 藤原道長 ( ふじわらのみちなが)おかかえの陰陽師・ 安倍晴明 ( あべのせいめい)に対し、在野にあった 芦屋道満 ( あしやどうまん)はことごとく対立したという。
その実力は甲乙つけがたく、互いの術のかけ比べを行ったとされる。
宇治拾遺物語 ( うじしゅういものがたり)」では、道満が藤原道長に呪いをかけようとしたが、
晴明に見破られ、囚われの身となって播磨の地に流されたという。
播磨の地誌「 峰相記 ( みねあいき)」にも同様の記述がある。