陰陽師の里・江川

江川

佐用町江川地域には、平安時代の陰陽師、 芦屋道満 ( あしやどうまん) 安倍晴明 ( あべのせいめい)の塚( 宝篋印塔 ( ほうきょういんとう))があります。

陰陽師は、天体の動きや地の気により、世の中の異変を察知し、国事の決定に携わっていた人のことです。

道満と晴明の話は、1600年代から 仮名草子 ( かなぞうし) 人形浄瑠璃 ( にんぎょうじょうるり)や歌舞伎になり、広まってきました。
晴明は宮廷を舞台に活躍しており、道満は在野の陰陽師集団に属していました。

二人は官と民のシンボルということになります。

江川地区に残る言い伝え

乙大木谷集落

道満塚がある乙大木谷集落では、時の朝廷、 藤原道長 ( ふじわらのみちなが)が建立している法成寺が、
私利私欲で建立しており、それを諌めるために呪詛しようとした。
道満は正義の味方で、江川に流されてからは、陰陽師を世のため人ために役立てようとしたとのこと。
道満没後、村では富くじを発行するような、盛大なお祭りを行っていた。

甲大木谷集落

晴明塚がある甲大木谷集落では、時の朝廷、藤原道長を呪詛しようとした罪で
流された江川で呪詛を続ける道満を晴明が追ってきた。お互いに式神をはなち戦いを繰り広げたが、
ついに道満の首を取った。

道満の首を洗ったところをおつけ場といい、戦いの途中、矢が飛んできた橋を鏑飛橋という。
地元では、毎年、晴明塚で盛大なお祭りを行っている。

江川地域では、古くから開けた地で、1000年以上の歴史があるとされており、
地域の地図を作ってはじめてわかったことは、陰陽道にのっとって地域が形成されているようです。
地域内には、陰陽道の守り神である
四神、東に青龍(竜田大明神)、西に白虎(甲大木谷八幡神社)、
南に朱雀(薬師観音堂)、北に玄武(亀大明神)が配置されています。
四神の中央にある地域を日裏といいます。
日と裏、まさに陰と陽ではないでしょうか。